き・けり・つ・ぬ・たり・り
古文には「~た」と訳す助動詞がたくさんあるけど、
「き」「けり」は「過ぎ去ったことの回想」であって、
「つ」「ぬ」「たり」「り」は「現象や動作の完了(成立)」を意味しているというところまではわかったぞ。
そこまでわかれば相当なものですよ。
「き」「けり」についてはこちら。
「つ」「ぬ」「たり」「り」は、時制にとらわれないから、過去・現在・未来のどこにだって使えるということは理解した。
では、「つ」「ぬ」「たり」「り」のあいだには、どんな違いがあるのか?
「つ」「ぬ」は、「動作や現象にいったん区切りがついた」ことに重点があって、
「たり」「り」は、「発生した動作や現象がそのまま続いている」ことに重点があります。
そのため、もともと「たり」「り」のメインの意味は「存続」です。ついで「完了」の意味がありました。時代が経つと「完了」で使用されることが多くなりますけどね。
「たり」「り」は、「完了(~た)」で訳しても、「存続(~ている)」で訳しても、どちらでもいい場合がとても多いのです。
ただ、もともと「存続」の意味がメインなので、どちらでも訳せる場合には「存続」と答えておいたほうが無難ですね。
「つ」「ぬ」には「存続」の意味はないのか?
ありません。
「つ」「ぬ」は、ある運動の「完成・成立」といった「事実の点」を示す意味合いが強いので、「~ている」と訳すケースはないと考えていいです。
「つ」「ぬ」は、基本的には「~てしまう」「~た」です。
まずはその基本を見ておきましょう。
つ・ぬ の基本
助動詞「つ」の活用です。
未然形 連用形 終止形 連体形 已然形 命令形
て / て / つ / つ る / つ れ / て よ
直前の語は「連用形」になります。
動詞でいう「下二段活用」だな。
もとが下二段活用動詞らしいからな。
「つ」は、「棄つ」という動詞に由来していると言われます。
「棄つ」というのは「捨てる」「投げ捨てる」という意味の動詞です。
そのことからも、「つ」という助動詞は、「人為的・意図的な動作」につくことが多いです。
「花咲きつ」なんていう言い方はしないのか。
まあ、まず見かけないですね。
それを言うなら「花咲きぬ」です。
助動詞「ぬ」の活用です。
未然形 連用形 終止形 連体形 已然形 命令形
な / に / ぬ / ぬ る / ぬ れ / ね
直前の語は「連用形」になります。
動詞でいう「ナ行変格活用」だな。
もとがナ変動詞らしいからな。
「ぬ」は、「去ぬ(往ぬ)」という動詞に由来していると言われます。
「去ぬ(往ぬ)」というのは「行ってしまう」「去る」という意味の動詞です。
「秋もいぬめり(秋も過ぎ去ってしまうようだ)」というように、自然の動きを示すことも多い動詞です。
そのことからも、「ぬ」という助動詞は、個人の意図ではなくて、「成り行きでそうなった」という動詞につきやすいです。「自然現象そのもの」にもつきます。
「雪降りぬ」はありなんだな。
「ぬ」は、自然の状態や、個人的な意図とは関係が薄い動作につきやすいですからね。
注意点としては、「完了」とはいうものの、「ぬ」は「おしまい」というニュアンスではないんですよね。
個人の意志では止めることができない自然な流れのなかで、ある現象が起きてしまうことに「ぬ」はつきやすいんです。
ですから、むしろ何かが始まったときに「ぬ」がつくことも多いのですね。
「完了」っていうと誤解してしまいそうだけど、「ぬ」は「終わり」という感じじゃないんだな。
そうですね。
自然現象の「発生」を意味することが多いですね。
人間の動作にも「ぬ」をつけていいのか?
「個人の意志で終わらせる」というときには「つ」を使いがちですが、逆をいうと、
① 個人の意志ではない
② 「終了」ではなく「発生」的な意味合い
であれば、人間が主語であっても、「ぬ」を使います。
ですから、「あふ」とか「おもふ」とかには「つ」よりも「ぬ」がつきやすいですね。
「あひぬ」とか「おもひぬ」となります。
ああ~。
「あふ」はふたつの存在がぴったり会うことだし、「おもふ」は無意識に思っちゃうことがあるからな。
どちらも「個人の意図的行為」という範疇に収まりきらないね。こういうのには「つ」よりも「ぬ」がつきやすいんだな。
ことばの世界なので100%ではないんですが、そういう傾向はありますね。
開始の「ぬ」/終了の「つ」
繰り返しになりますが、「完了」とは言いますけれども、「ぬ」はどちらかというと、「ある現象がこの世に発生した」というニュアンスなんですよね。
「現実世界にあらわれることの完了」という感じかな。
まさにそうです。
ですから、「鳥鳴きぬ」であれば、「鳥が鳴く」という現象が「この世に発生しきった」というイメージです。
じゃあ、「鳥鳴きぬ」と言ったあとでも、まだ鳥は鳴いているかもしれないんだな。
まったくそのとおりです。
一方、「鳥鳴きつ」であれば、「鳥が鳴く」という現象の「終了作業の完了」というイメージです。
なので、「鳥が鳴き終わった」ということを表現するのであれば、「鳥鳴きつ」ということがあります。
けっこう違うんだな。
本当は、
「ぬ」は「現象発生」とか「出来事成立」で、
「つ」は「作業終了」とでも名付けてほしいところなんですよね。
ところが、時代が経っていくと、お互いの使い方が混ざっていくところもありまして、結果的には「完了」という意味の広い語で名づけておくしかない事情もありますね。
ぬっとはじまり、つっとおわらせる。
・・・けっこういいね。
ぬっとはじまり、つっとおわらせる。
あとはどちらも、「確述(強意)」の意味と、「並列」の意味があります。
「並列」は、
浮きぬ沈みぬ
とか
行きつ戻りつ
といったように、2回繰り返されて、「~たり、~たり」という訳になります。
確述(強意)の「ぬ」「つ」
「確述(強意)」の使い方は、説明のためにそこそこの文字数をついやしますので、別記事にしてあります。こちらを見てください。