皆のことを知りあきらむることと人の知れるはひがことなり。(続古事談)

〈問〉次の傍線部を現代語訳せよ。

故少納言入道、人に会ひて「敦親はゆゆしき博士かな。ものを問へば、知らず、知らずと言ふ」と言はれけり。それを問ひたる人、「知らずと言はんは、何のいみじからんぞ」と言ひければ、「身に才智さいちある者は、知らずと言ふことを恥ぢざるなり。実才なき者の、よろづのことを知り顔にするなり。すべて学問をしては、皆のことを知りあきらむることと人の知れるはひがことなり大小事だいせうじをわきまふるまでするを、学問のきはめとは言ふなり。それを知りぬれば、難儀を問はれて、知らずと言ふを恥とせぬなり」とぞ言はれける。

続古事談

現代語訳

故少納言入道(藤原通憲みちのり)は、人に会って「敦親あつちか(藤原敦親)はすばらしい博士だなあ。物事を質問すると、知らない、知らないと言う」とおっしゃった。そのことについて質問した人が、「知らないと言うようなことは、何がすばらしいのだろうか」と言ったところ、「身に才智を備える者は、知らないということを恥じないのである。本当の才智がない者が、あらゆることを知ったふうな顔をするのである。すべて学問をして、皆のことを知り明らかにすること(ができる)と人が理解しているのは間違いである。大事と小事を見極めるまでするのが「学問の極め」と言うのである。(敦親は)それを知っていたので、難しいことを問われて、知らないと言うことを恥としないのである」とおっしゃった。

ポイント

あきらむ 動詞

「あきらむる」は、マ行下二段活用動詞「あきらむ」の連体形です。

うっかり「諦める」と訳してしまいそうになるのですが、古文の「あきらむ」は「明らむ」であり、「明らかにする」という訳になります。

り 助動詞(存続)

「知れる」の「る」は、「存続・完了」の助動詞「り」の連体形です。

「存続・完了」の助動詞「り」は、「四段活用の已然形(命令形)」か、「サ行変格活用の未然形」にしか接続しません。両者に共通するのは「e音」であるということです。

「知れり」の「知れ」
「行けり」の「行け」
「〇〇せり」の「せ」

など、「e音」についている「ら・り・る・れ」が助動詞である場合、それは「存続・完了」の「り」です。

なお、「ている(存続)」でも「た(完了)」でも訳せる場合には、「ている(存続)」のほうを採用しておきましょう。

ひがこと 名詞

「ひがこと」は「僻事」と書く名詞です。「僻(ひが)」が「間違い」を意味しているため、「ひがこと」は「誤り」などと訳します。

「僻目」は「見間違い」「よそ見」

「僻耳」は「聞き間違い」

などなど、「僻」がつく名詞は、「間違い」を意味しています。