〈問〉次の傍線部を現代語訳せよ。
「さても、いくつにかなりたまひぬる。」と言へば、いま一人の翁、「いくつといふこと、さらにおぼえはべず。ただし、おのれは、故太政大臣貞信公、蔵人の少将と申しし折の小舎人童、大犬丸ぞかし。ぬしはその御時の母后の宮の御方の召し使ひ、高名の大宅世継とぞいひはべりしかな。されば、ぬしの御年は、おのれにはこよなくまさりたまへらむかし。みづからが小童にてありし時、ぬしは二十五、六ばかりの男にてこそはいませしか。」と言ふめれば、世継、「しかしか、さはべりしことなり。さてもぬしの御名はいかにぞや。」と言ふめれば、「太政大臣殿にて元服仕まつりし時、「きむぢが姓はなにぞ。」と仰せられしかば、「夏山となむ申す。」と申ししを、やがて、繁樹となむつけさせたまへりし。」など言ふに、いとあさましうなりぬ。
大鏡
現代語訳
(大宅世継が)「それはそうと、(ご年齢は)いくつにおなりになったか。」と言うと、もう一人の老人が、「何歳かということは、少しも覚えておりません。ただ、私は、故太政大臣貞信公が、蔵人の少将と申していた時の小舎人童(であった)、大犬丸です。あなたはその御代【宇多天皇の時代】の皇太后様の召し使いで、名高い大宅世継というお方ですね。そうであれば、あなたのご年齢は、私よりも段違いにおまさりになっているだろうよ【ずっと上でいらっしゃるだろうよ】。私が小さい子どもであった時、あなたは二十五、六歳ほどの男でいらっしゃった。」と言う(ようである)と、世継は、「そうそう、そうでございます。ところで、あなたのお名前は何とおっしゃるか。」と言う(ようである)と、「太政大臣殿のもとで元服いたしました時、(太政大臣殿から)『おまえの姓は何というのか。』とおっしゃったので、『夏山と申します。』と申し上げたところ、(太政大臣殿が)そのまま(夏山にちなんで)繁樹とおつけになった。」などと言うので、(たいへん昔の話であるので、話を聞いている者は)たいそう驚きあきれてしまった。
ポイント
こよなし 形容詞(ク活用)
「こよなく」は、形容詞「こよなし」の連用形です。
「この上なく」「格別に」などと訳します。
「こよなし」の語源はよくわかっていませんが、「越ゆ無し」ではないかと言われています。
「越えるものがない」ということから、「この上ない」「格別だ」という意味になります。
多くは肯定的な「ほめ言葉」に用いられますが、たまに「段違いに(劣っている)」というように、「けなし言葉」にも用いられます。
ここでは「良し悪し」には関係なく、「年齢が段違いに上だ」と言っていることになりますね。
たまふ 動詞(ハ行四段活用) *尊敬語
「たまへ」は、敬語動詞「たまふ」の已然形(命令形)です。
直後に「存続・完了」の「り」があることで、已然形(命令形)になっています。
り 助動詞
「ら」は、「存続・完了」の助動詞「り」の未然形です。
「存続(~ている)」、「完了(~た)」のどちらかで訳しますが、どちらでも訳せるのであれば「存続」でとっておきましょう。
む 助動詞
「む」は、「推量」の助動詞「む」の終止形です。
「らむ」というひらがなを見ると、ついつい「現在推量」の「らむ」だと早合点しがちですが、この例文は、「存続・完了」の「り」+「推量」の「む」が、結果的に「らむ」というひらがなになっているパターンです。
かし 終助詞
「かし」は、「念押し」の終助詞です。
訳出の際には、「だ」「よ」「だよ」「なのだよ」などとしておきましょう。
〈補説〉「らむ」について
ところで、ここでの「らむ」は、「現在推量」の「らむ」じゃないのか!?
「現在推量」の「らむ」は、「終止形」に接続する助動詞です。「ラ変型」の活用語につくのであれば「連体形」に接続します。
つまり、「現在推量」の「らむ」は「ウ段(u音)」につく助動詞なのですね。
ああ~。
「たまへ」を伸ばしてみると、「たまへえエェー」だから……
ということは、「エ段(e音)」だから、現在推量の「らむ」はつくことができないんだな。
そうです!
その一方、「存続・完了」の「り」は、「エ段(e音)」にだけつきます。
文法的には「四段活用の已然形(命令形)」か「サ行変格活用の未然形」に接続するというように整理されています。
成り立ちとしては、たとえば「咲きあり」がつまって「咲けり」になったり、「具しあり」がつまって「具せり」になったりしていったものなので、「り」の直前はそもそも「単語」ではありません。
そういう点で、「存続・完了」の「り」の直前の「活用形」を問う設問はあんまりいいものではないのですが、そういう設問に出会ってしまったら、「四段活用」であれば「已然形(命令形)」、「サ行変格活用」であれば「未然形」と答えておきましょう。