〈問〉次の傍線部を現代語訳せよ。
何事を言ひても、「そのことさせむとす」「言はむとす」「何とせむとす」といふ「と」文字を失ひて、ただ「言はむずる」「里へ出でむずる」など言へば、やがていとわろし。まいて、文に書いては言ふべきにもあらず。物語などこそ、あしう書きなしつれば、言ふかひなく、作り人さへいとほしけれ。
枕草子
現代語訳
どんなことを言っても、「そのことをさせむとす」「言はむとす」「何とせむとす」という「と」の文字をなくして、ただ「言はむずる【言おう】」「里へ出でむずる【里へ下がろう】」などと言うと、ただちにとてもよくない(言葉になる)。まして、(そのような言葉を)文書に書いては言いようもない(ほどまずい)。物語などは、(言葉を)ことさら悪く書いてあると、言いようがないほど情けなく、作者まで気の毒である。
ポイント
あし 形容詞(シク活用)
「あしう」は、形容詞「あし」の連用形「あしく」のウ音便です。
「何かと比べて」というわけではなく、絶対評価として「悪い」と判断するものに、「あし」を使用します。
訳は「悪い・とても悪い」などとしておけばたいてい大丈夫ですが、文脈によっては、「みすごらしい」「不快だ」「臭い」など、意訳する必要があります。
書きなす 動詞(サ行四段活用)
「書きなし」は、動詞「書き成す(書き為す)」の連用形です。
ただ「書く」というわけではなく、「意識して書く」とか「ことさらに書く」という意味になります。
言ふかひなし 形容詞(ク活用)
「言ふかひなく」は、形容詞「言ふかひなし」の連用形です。
「言ふ+甲斐+無し」ということであり、「言う価値がない」「言っても仕方がない」という意味になります。
物語りにことさら悪い言葉が使われていると、「何を言っても無駄なほどダメだ」と述べていることになります。
さへ 副助詞
「さへ」は、副助詞です。「添加」「類推」「最小限の限定」などの意味になります。
ここでは、「添加」の意味であり、「その物語(文章)」だけではなく、「作者」までもかわいそうに思える、ということです。
いとほし 形容詞(シク活用)
「いとほしけれ」は、形容詞「いとほし」の已然形です。
「いとほし」は、「(見るのがいやになるほど、対象が)気の毒だ・かわいそうだ」ということです。
筆者は「悪い言葉遣い」を使っている「物語」を「言っても仕方がないほどダメだ」と思っているわけですが、それだけでなく、「作者」に対してまで「気の毒でかわいそうなやつだな」と思っているのですね。