〈問〉次の傍線部を現代語訳せよ。
いやしきことも、わろきことも、さと知りながらことさらに言ひたるは、あしうもあらず。わがもてつけたるを、つつみなく言ひたるは、あさましきわざなり。また、さもあるまじき老いたる人、男などの、わざとつくろひ、ひなびたるはにくし。まさなきことも、あやしきことも、大人なるは、まのもなく言ひたるを、若き人は、いみじうかたはらいたきことに消え入りたるこそ、さるべきことなれ。
枕草子
現代語訳
下品な言葉も、よくない言葉も、それと知りながらわざと言っているのは、悪くもない。(一方で)自分の身につけてしまっている言葉を、はばかりなく言っているのは、驚きあきれたことだ。また、そうであるべきでない【ふさわしくない言葉を使うべきではない】老人や、男などが、ことさらに(言葉を)つくろい【わざわざ表現を加工して】、田舎びた言葉を使うのは、しゃくにさわる。正しくない言葉も、粗野な言葉も、年長の人【年輩の女房】が、平然と言っているのを、若い人は、たいそうきまりが悪いことと(思い)、消え入りたくなっている【自身の存在を消している】のは、当然のことである。
さ 副詞
「さ」は、副詞です。「そう」「そのように」などと訳します。
基本的には、直前に語られた内容や、語り手も聞き手もすでに知っている内容などを指します。
語を限定的に指すのではなく、まとまりをふわっと指すことが多いですね。
この場面では、直前で「ことばの品性」の話をしていますので、その部分を漠然と指していると考えられます。すると、「不適切なことばを使うべきではない」などと訳すことができますね。
後ろに出てくる「ひなびたる」を指しているとみなして、「田舎びたことばを使うべきではない」と考えることもできます。
まじ 助動詞
「まじき」は、助動詞「まじ」の連体形です。
意味としては「べし」と対になる助動詞です。
推量・意志・可能・当然・命令・適当
などを打ち消す助動詞であり、ここでは「打消当然(~べきではない)」や「不適当(~しないほうがよい)」の意味でとらえるのがいいですね。
わざと 副詞
「わざと」は、副詞です。
「態と」ということで、「意図が態度に出る様子」を表します。
「意図的に」「わざわざ」「ことさらに」などと訳します。
つくろふ 動詞(ハ行四段活用)
「つくろひ」は、動詞「繕ふ」の連用形です。
動詞「つくる」に、反復・継続を意味する接尾語「ふ」がついて、「つくらふ」と一語化したものが、やがて「つくろふ」になりました。
ゼロから何かを作るのではなく、「すでにあるものに手を加える」というニュアンスで、
(1)修繕する・直す
(2)着飾る・化粧する・装飾する
(3)とりつくろう・ごまかす
などの意味になります。
ここでは、「普通に言えばいいことを、わざわざことばをなおして、田舎びた感じにするのは、しゃくにさわる」ということを述べています。
ふさわしい言葉を使用するべき老人や、社会的立場のある男性が、意図的に表現を工夫して田舎じみた言葉遣いをしていることを、「憎し」と言っているわけですね。
ひなぶ 動詞(バ行上二段活用)
「ひなび」は、動詞「鄙ぶ」の連用形です。
「都から遠く離れた土地」を意味する「鄙」が動詞になったものです。
「田舎じみる」「田舎風になる」「田舎ぶる」といった意味です。
「都」は「洗練された場所」であり、その対になるのが「鄙」ですので、「やぼったい」などと訳すこともあります。
現代風の俗語で言えば、「都」は「ナウい」ところであり、「鄙」は「ダサい」ところだといえますね。
ここでは、「つくろひ」とあることから、老人や男性が「ことばによい装飾」をしていると思ってわざわざ使用している言い方が、「田舎びた言い方」になっていることを、「にくたらしい」と思っていることになります。
にくし 形容詞(ク活用)
「にくし」は、形容詞「憎し」の終止形です。
「気に入らない」「にくらしい」「しゃくにさわる」などと訳します。
現代語にあるような「憎悪の気持ち」は古語にはありません。
自分の思ったとおりには行かないことに対して、「ちょっと気にくわない」と軽く思っているような心情です。