献上する!
意味
謙譲語
(1)差し上げる・献上する
(2)参上させる・伺わせる *「人」を差し上げること
(3)お~(し)申し上げる・~(して)差し上げる *補助動詞の用法
尊敬語
(4)お召しになる *「着る」の尊敬語
(5)お乗りになる *「乗る」の尊敬語
ポイント
下二段動詞「立つ」+謙譲語「まつる(奉る)」が一語化したものです。
もともと上代では「まつる」が「差し上げる・献上する」という意味で用いられていました。
そこに「たて」がついたわけですが、ここでの「たて」は、もともと下二段の「立つ」なので、「目立たせる・はっきりさせる・くっきりさせる」というニュアンスがあります。
そういう点では「たて」は強調のための接頭語みたいなものですね。
なお、「まつる」のほうは、中古になると単独ではあまり用いられず、「たてまつる」「つかへまつる」というように、複合語での使い方が主流になります。
「立つ」は、「出発・開始・発生」とか、「動き」のイメージが強いから、「まつる」以上に「動きのある行為」や「目立つ行為」を示しているように感じるよね。
たしかに「身体的行為」のイメージがある動詞ですね。
実際、補助動詞で使用されるときには、「思ふ」などの精神活動にはつかず、「求めたてまつる」とか「見つけたてまつる」とか、「意識的な身体行為」につくことがほとんどです。
もともと「献上する」っていう意味なのに、「お召しになる」とか「お乗りになる」っていう尊敬語にもなるんだね。
構造としては、「参る(まゐる)」と同じ考え方ですね。
貴人が「何かを着る」ときや「何かに乗る」ときなどは、「着物」や「乗り物」を自分で用意することはしませんので、女房や従者などが「差し上げる」わけです。
ところが、「(貴人が)御輿にたてまつりて、~」といったように、明らかに貴人自身が主語となる文脈で「たてまつる」が使用されることがあります。状況的には「仕えている者」が(着物や乗り物を)差し上げて、貴人が「着る」「乗る」という行為に及ぶという一連の流れを述べているわけですが、文脈として「貴人が」を主語とする場合には、「お召しになる」「お乗りになる」といったように、「尊敬語」として訳します。
例文
簾少し上げて、花奉るめり。(源氏物語)
(訳)簾を少し巻き上げて、(仏に)花を差し上げるように見える。
なほあやし。いざ、人して見せに奉らむ。(蜻蛉日記)
(訳)(藤原兼家が来ないのは)やはりおかしい。さあ、人を使って(兼家の様子を)見せに参上させよう。
九月二十日のころ、ある人に誘はれたてまつりて、(徒然草)
(訳)九月二十日のころ、ある人に誘われ申し上げて、
補助動詞の用法なので、
お~(し)申し上げる
~(して)差し上げる
などと訳します。
最初の「お」は、なくてもOKです。
右大弁の子のやうに思はせて、率てたてまつるに、相人驚きて、あまたたび傾き怪しぶ。(源氏物語)
(訳)(源氏を)右大弁の子どものように思わせて、(相人【人相を見る者】のところに)お連れ申し上げると、相人は驚いて、幾度も首をかしげて不思議に思う。
上一段動詞「率る(ゐる)」についている補助動詞の用法です。
あいだに接続助詞「て」がありますが、動作の並列ではなくオプションとしてついている場合には「補助動詞」として考えます。
御装束をもやつれたる狩りの御衣を奉り、さまを変へ、顔をもほの見せたまはず、(源氏物語)
(訳)(源氏は、お忍びの行動のために)お着物も目立っていない狩りのご着衣をお召しになり、姿を変えて、顔もわずかにもお見せにならず、
貴人(源氏)自身の行為として書かれているので、「お召しになる」という尊敬語として訳します。
帝、かぐや姫をとどめて帰りたまはむことを、飽かず口惜しくおぼしけれど、魂をとどめたる心地してなむ、帰らせたまひける。御輿に奉りて後、
(訳)帝は、かぐや姫を残してお帰りになることを、物足りなく残念にお思いになるが、(自分の)魂を留め置いた気持ちがして、お帰りになった。御輿にお乗りになってから後に、
文脈的に、「帝」本人の行為として書かれていますので、「尊敬語」として扱い、「お乗りになる」と訳します。
一人の天人言ふ、「壺なる御薬奉れ。」 (竹取物語)
(訳)一人の天人が(かぐや姫に)言う、「壺にあるお薬を召し上がれ。」
「飲む(食ふ)」の尊敬語としての用法と言われています。
ただし、中古において「飲む(食ふ)」の尊敬語と考えられる用例は、『竹取物語』のこの場面しか見当たらないとも言われています。
しかも、この場面での天人のセリフは、誰か別の人に「お薬を(かぐや姫に)差し上げよ。」と言っていると考えることもできます。
そうすると、「飲む(食ふ)」の尊敬語として「召し上がる」と訳す用例は、ほぼ存在しないとも言えます。
そのことから、「奉る」の「尊敬語」の用法としては、「(着物を)お召しになる」「(乗り物に)お乗りになる」の2つだけにしぼっている辞書もあります。