きこす【聞こす】 動詞(サ行四段活用)

聞く+す

意味

(1)おっしゃる *「言ふ」の尊敬語

(2)お聞きになる *「聞く」の尊敬語

ポイント

動詞「聞く」に「尊敬」の助動詞「す」がついた「聞かす」が「聞こす」に転じたものだと言われます。

あるいは、動詞「聞く」に「使役」の助動詞「す」がついたとする考えもあります。

「す」を「尊敬」だとみなせば、「お聞きになる」ということになって、「す」を「使役」だとみなせば、「(相手に)聞かせる」ということで、「おっしゃる」ということになるんだね。

上代では「四段活用型」の助動詞「す」を「尊敬」意味で用いまして、「使役」の意味では主に「しむ」を使いました。

中古では「下二段活用型」の助動詞「す」「さす」が多用されまして、こちらはむしろ「使役」の意味が先にあり、のちに「尊敬」としても使用されました。

「聞こす」は「四段活用」なので、上代の「尊敬」の助動詞「す」と考えて「お聞きになる」と訳すほうが文法上の合理性があるのですが、(1)「おっしゃる」の意味で用いている例のほうが多く、(2)「お聞きになる」と訳す例がそれほど見当たりません。

ということは、「聞こす」の「す」は「使役」の助動詞であって、「聞かせる」っていう意味なんじゃないの?

使役としての状況で「ものを聞かせる」ってことは、上位の者から下位の者に話すことが多いから、慣習的に「おっしゃる」という尊敬語として扱われたのではないのかな。

実際にそういう説もあります。ただ、活用が異なることもあり、経緯については未詳です。

ひとまず「聞こす」については、「おっしゃる」「お聞きになる」の両方の意味があるとおさえておきましょう。ただ、ほとんどは「おっしゃる」のほうの意味です。

また、「聞こす」そのものが中古ではほとんど使われません。

平安時代には使われないんだ。

「聞こす」に「召す」をつけた「聞こし召す」ならたくさん出てきます。

例文

わが背子せこしかくし聞こさ天地あめつちの神を乞ひみ長くとそ思ふ (万葉集)

(訳)あなたがこうおっしゃるならば、天地の神に乞い祈り、長く生きようと思う。

犬上いぬかみ鳥籠とこの山なる不知哉川いさやがはいさとを聞こせ我が名らすな (万葉集)

(訳)犬上の鳥籠の山にある不知哉川ではないけれど、さあ(知らない)とおっしゃってください。私の名をおっしゃるな。

遠々し高志国に賢し女を有りと聞かして麗し女を有りと聞こして (古事記)

(訳)遠い遠い越の国に賢い女性がいるとお聞きになって、うるわしい女性がいるとお聞きになって、

この例文の「聞こす」について、「言ふ」の尊敬語とみなして「おっしゃる」と解すこともできます。

このように「聞こす」という動詞には、「お聞きになる」と訳す例文が決定的には見当たらないとも言えます。