うつくしきもの 『枕草子』 現代語訳

うつくしきもの~

うつくしきもの。瓜にかきたるちごの顔。雀の子のねずなきするにをどり来る。二つ三つばかりなるちごの、急ぎて這ひくる道に、いと小さき塵のありけるを、目ざとに見つけて、いとをかしげなるおよびにとらへて、大人ごとに見せたる、いとうつくし。頭はあまそぎなるちごの、目に髪のおほへるを、かきはやらで、うちかたぶきて物など見たるも、うつくし。

かわいらしいもの。瓜に描いてある幼児の顔。雀の子が、鼠鳴き【ちゅっちゅっと声を出すこと】をすると、踊るように来る。二歳か三歳くらいの幼児が、急いで這って来る道に、たいそう小さいごみがあったのを、目ざとく見つけて、とても愛らしい指でつかんで、大人たちに見せているのは、たいそうかわいらしい。髪は尼そぎ【肩の長さに切りそろえた髪型】である幼児が、目に髪がかぶさっているのを、かきのけることをせずに、顔をかたむけて物などを見ているのも、かわいらしい。

大きにはあらぬ殿上童の~

大きにはあらぬ殿上童の、装束きたてられてありくもうつくし。をかしげなるちごの、あからさまに抱きて、遊ばしうつくしむほどに、かいつきて寝たる、いとらうたし。

大きくはない殿上童【殿上の間に出仕している公卿の子】が、装束をしっかり着させられて歩き回るのもかわいらしい。きれいな幼児が、ほんのちょっと抱いて、遊ばせてかわいがるうちに、抱きついて寝たようすは、とてもいとおしい。

雛の調度~

雛の調度。はちすのうき葉のいと小さきを、池よりとりあげたる。葵のいと小さき。何も何も、小さきものは、みなうつくし。

人形遊びの道具。蓮の浮き葉のとても小さいのを、池から取り上げたもの。葵のとても小さいもの。何であっても、小さいものは、みなかわいらしい。

いみじう白く肥えたるちごの~ 

いみじう白く肥えたるちごの、二つばかりなるが、二藍ふたあいの薄物など、衣長きぬながにて、たすき結ひたるが這ひ出でたるも、また、短きが袖がちなる着てありくも、みなうつくし。八つ九つ、十ばかりなどの男子の、声は幼げにて文よみたる、いとうつくし。

たいそう色白で太っている幼児で、二歳くらいであるのが、二藍【赤みがある紫】の薄物【薄い生地の着物】など、着物が長くて、襷を結んでいるのが這い出したのも、また、丈が短くて袖ばかり目立つのを着て歩き回るのも、みなかわいらしい。八つ、九つ、十歳くらいの男子が、声は幼い感じで漢文を読んでいるのは、たいそうかわいらしい。

鶏の雛の~

鶏の雛の、足高に、白うをかしげに、衣短かなるさまして、ひよひよとかしがましう鳴きて、人の後先しりさきに立ちてありくもをかし。また親の、ともに連れて立ちて走るも、みなうつくし。かりのこ。瑠璃るりの壺。

鶏のひなが、足長に、白く愛らしい感じで、着物を短く来たような様子で、ぴよぴよとやかましく鳴いて、人の後ろや先に立って歩き回るのもおもしろい。また親鳥が、一緒に連れ立って走るのも、みなかわいらしい。かるがもの卵。瑠璃【青いガラス】の壺。