あさましきもの。~
あさましきもの。指櫛すりて磨くほどに、ものに突きさへて折れたる心地。車のうちかへりたる。さるおほのかなるものは、所せくやあらむと思ひしに、ただ夢の心地して、あさましうあへなし。
驚きあきれるもの。指櫛をこすって磨くうち、物にぶつかって折れた(時の)気持ち。牛車がひっくり返ったもの。これほど大きなものは、どっしりしている【堂々としている】だろうと思ったが、(ひっくり返ってしまうと)ただ夢のような気がして、驚きあきれてどうしようもない。
人のために、~
人のために、はづかしうあしきこと、つつみもなくいひゐたる。かならず来なむと思ふ人を、夜一夜起きあかし待ちて、暁がたにいささかうち忘れて寝入りにけるに、烏のいと近くかかと鳴くに、うち見あげたれば、昼になりにける、いみじうあさまし。
当人に対して、きまりが悪くいやなことを、遠慮もなく言っていること。必ず来るだろうと思う人を、一晩中起きて待っていて、明け方にほんのちょっと忘れて寝入ったときに、烏がたいそう近くで「かあかあ」と鳴くので、ふと見上げたら、昼になってしまっていた(ことなど)、たいそう驚きあきれる。
見すまじき人に、~
見すまじき人に、ほかへ持て行く文見せたる。むげに知らず見ぬことを、人のさし向かひて、争はすべくもあらず言ひたる。ものうちこぼしたる心地、いとあさまし。
見せるべきではない人に、他へ持って行く手紙を見せている(こと)。まったく知らず見もしないことを、人が、面と向かって、反論もできようもないほど(一方的に)言っている(こと)。何かをこぼした(時の)気持ち、たいそうがっかりする。