めづらし【珍し】 形容詞(シク活用)

すばらしくてめったにない

意味

(1)すばらしい・賞賛すべき・愛らしい

(2)目新しい・新鮮だ

(3)めったにない・見慣れない

ポイント

動詞「愛づ(めづ)」が形容詞化した語です。

「めづ」が、「ほめる・賞賛する・かわいがる」ということですから、「めづらし」は「ほめたたえるにふさわしい」ことを意味します。平安時代の用い方では「すばらしい」と訳すことが多いですね。

賞賛すべきほどすばらしいものは、希少なものですので、(2)の「目新しい」という意味や、(3)の「めったにない」という意味でも用いるようになりました。

現代語だと、もっぱら(3)の意味だよね。

だんだん(1)から(3)に意味の重心が移ってきたのですね。

平安時代の貴族社会では、希少なもの、稀有なものを賞賛する風潮がありました。そういう点で、「めづらし」という語が形容する対象は、「すばらしいもの」かつ・・「希少なもの」であったわけです。「7:3」くらいで「すばらしい」の意味が濃い感じです。

ところが、中世になると、「伝統」「取り決め」といった、「先例を守る価値観」が重視されていきます。

そういう経緯で、「めづらし」を発語する人の心情から、「賞賛すべき!」というほどの気持ちが薄れていき、「めったにない」というほうにシフトしていったのですね。ただ、「ほめる気持ち」がゼロになっているわけではないので、何かをほめる文脈で使うことのほうが多いですよ。

争いばかりの世になっていくと、いろいろなものが失われていくから、かえって「今までどおりのもの」が大切になっていったのかな。

貴族の階級社会というのは、血筋さえよければ地位はゆるがないですし、比較的安定した世の中が続いているので、そのぶんだけ「目新しいこと」を評価する傾向があるように思います。

それに対して武家社会は、一門存続のために伝統性を重視する傾向がありますから、過去から続くもの(そして未来に続くべきであるもの)に注意が向きやすいのかもしれません。領地をめぐってのいさかいも絶えませんでしたから、どうしても、「先例はこうやって決着した」という価値観に頼る部分が出てきます。そういう中では「目新しい」ということ自体が、かつてほどの魅力をもたなくなったのかもしれませんね。

まとめますと、平安時代の「めづらし」は「賞賛!」なので、「めづらし」単独で「ほめことば」です。訳語は(1)(2)です。

中世以降は「めったにない」「見慣れない」という意味合いにシフトしていきますので、「賞賛」というほどではない「めづらし」が多くなってきます。とはいえ、「ほめる気持ち」が「ゼロ」になっているわけではないので、対象を肯定的に評価する文脈で使用されやすいです。

たとえば『徒然草』には、「めづらし」の存在する文脈に、「めでたし」などの「別のほめことば」がセットになっている例がけっこう出てきます。「めづらし」単独では「ほめことば」として認識されにくくなっているけれども、文脈的には何かをほめているケースが多いということですね。

中世以降は、(2)(3)で使用することがほとんどです。

推移はわかってきたぞ。

でも、(3)が古文の試験で問われることはそんなにないよね。

あまりないでしょうね。

(3)の意味だと、現代語に直結していますので、「古今異義語」とは言えないからです。「めづらし」という古語を「珍しい」と訳しても問題ない例文は、「古文の試験」として問われることはまずありません。

あと、ひとこと補足しておきますと、長い時代にわたって、「大絶賛!」という意味で使われ続けるのが「めでたし」です。

「めづらし」が「賞賛に値する気がする」というイメージであることに対して、「めでたし」は、「スーパー大絶賛!」というイメージです。

例文

人の顔に、とりわきてよしと見ゆるところは、たびごとに見れども、あなをかし、めづらしとこそおぼゆれ。(枕草子)

(訳)人の顔で、特別によいと思えるところは、(出会う)たびに見ても、ああ魅力的だ、すばらしいと思われる。

「めづらし」単独で、「賞賛に値する」という意味で用いています。プラスの意味が強いですね。

梢にも庭にもめづらしく青みわたりたる卯月ばかりの曙、(徒然草)

(訳)梢も庭も目新しく【新鮮に】一面に青く茂っている四月ごろの明け方、

これは「すばらしく」と訳すこともできます。

『徒然草』くらいまでは、「賞賛の気持ち」はまだだいぶ残っていますね。

昨日に変はりたりとは見えねど、ひきかへめづらしき心地ぞする。(徒然草)

(訳)昨日と変わっているとは見えないが、うってかわって新鮮な感じがする。

これは「フレッシュ」の意味で使用していますね。「すばらしい」とすると、訳語としてはちょっとズレますが、ほめていることには変わりありません。

唐の、大和の、めづらしく、えならぬ調度ども並べ置き、(徒然草)

(訳)中国の、日本の、めったにない【見慣れない】、何とも言えない(ほどすばらしい)調度品類を並べ置いて、

この場合、「めづらし」単体でほめているわけではありません。どちらかというと「えならぬ」でほめていますね。

とはいえ、「めづらし」から「賞賛」のニュアンスがまったく消えているわけではないので、こうしてプラスの文脈で使用されることが多いです。

あなめでたや。この獅子の立ちやう、いとめづらし。(徒然草)

(訳)ああすばらしい。この獅子の立ち方は、本当にめったにない

この場合も、「めづらし」という語そのものは、シンプルに「珍しい」という意味で用いられています。

ただ、やはり「ほめている気持ち」がゼロになっているわけではないので、文脈的にはプラスの意味合いで使用されています。