〈問〉次の傍線部を現代語訳せよ。
荒れたる宿の人目なきに、女のはばかる事あるころにて、つれづれとこもりゐたるを、或人、とぶらひ給はんとて、夕月夜のおぼつかなきほどに、忍びて尋ねおはしたるに、犬のことことしくとがむれば、下衆女の出でて、「いづくよりぞ」と言ふに、やがて案内せさせて入り給ひぬ。心ぼそげなる有様、いかで過ぐすらんと、いと心ぐるし。あやしき板敷にしばし立ち給へるを、もてしづめたるけはひの若やかなるして「こなた」と言ふ人あれば、たてあけ所狭げなる遣戸よりぞ入り給ひぬる。
徒然草
現代語訳
荒れている宿で人目もないところに、女が世をははがる事があるころで【物忌の時期で】、所在ないままにこもっていたが、ある人が、お訪ねになろうとして、夕月夜のぼんやりしている頃合いに、人目を避けて尋ねていらっしゃったところ、犬が仰々しく吠えたてるので、召し使いの女が出てきて、「どこから(いらしたのか)」と言うと、すぐに取り次ぎをさせてお入りになった。心細い有様で、どのように過ごしているのだろうか、たいそうやりきれない。みすぼらしい板敷にしばらくお立ちになっているのを、落ち着いた様子の若々しい声で「こちらへ(どうぞ)」と言う人がいるので、閉めるのも開けるのも窮屈そうな遣戸からお入りになった。
ポイント
やがて 副詞
「やがて」は、副詞です。
「軈て」と書きます。漢字を覚える必要はありませんが、「應(応)」が入っていることに注目してください。「やがて」は「即応する」ということであり、「そのまま」「すぐに」などと訳します。
状況的な即応性を示していれば「そのまま」、時間的な即応性を示していれば「すぐに」と訳すことになりますが、選択肢などでは「そのまますぐに」と2つとも書いてある場合もあります。
案内す 動詞(サ行変格活用)
「案内せ」は、動詞「案内す」の未然形です。
名詞「案内」に、サ変動詞「す」がついたものです。
「案内」は、「文書や物事の内容」を意味する語であり、「案内す」という動詞の場合には、「内容にアクセスしようとする行為」を意味します。
そのため、主に「(事情を)問いただす」とか、「(訪問者が、建物に入る)取り次ぎを願う・来意を告げる」といった意味になります。取り次ぎをする人自身の行為であれば、「取り次ぎをする」と訳してもOKです。
ここでは、「宿」を尋ねているわけですから、「訪問者」が、「自分の従者」に「取り次ぎを願わせている」のか、「訪問者」が、「その宿の下衆女」に「取り次ぎをさせている」のか、どちらかになります。
本文中に「(その宿に仕える)下衆女」という登場人物が示されているので、「取り次ぎをさせて」と訳しましたが、訪問者側の従者に「取り次ぎを願わせて」と訳しても問題ありません。
さす 助動詞
「させ」は、使役の助動詞「さす」の連用形です。
給ふ 動詞(ハ行四段活用)
「給ひ」は、敬語動詞「たまふ」の連用形です。
ここでは補助動詞なので、
お入りになる
と訳しましょう。
ぬ 助動詞
「ぬ」は、完了の助動詞「ぬ」の終止形です。
完了の助動詞「ぬ」は、文末表現である場合、シンプルに「た」と訳しておけば大丈夫です。